正直、吃驚した。
この現状を認めるのは時間が掛かると思う。

前まで近寄り難かった彼。
前までただ遠くから眺めているだけだった彼。

その、彼が。

今、あたしの隣に居るなんて。



此れは夢なの?
何度もそう思った。































                         の事情、女の事情・4





























「今日のは好調ね」


にそう言われた。

それはそうだ。昨日のとは真逆。
好きな人のたった一言だけでこれだけ元気が出るのかと、は思った。


自分が頑張ればそれだけイザークが褒めてくれるかもしれない。
それだけあたしを見てくれるかもしれない。

はそう思って更に訓練に励んだ。

お陰で今日の成績は過去最高記録となった。



「分かる?今朝からイザークさんと話してたんだよ」

「えっ?は?どういうこと?」

「昨日は悪かったなって言われたの。それと後は『訓練頑張れ』って言ってくれた」

「何があったんだか・・。とにかくもう大丈夫なんだ?」

「全然大丈夫!」

「じゃあ良かった。あたし凄い心配してたのよ?」

「あはは、ごめん。やっぱりイザークさんはあたしの思ってた通り、良い人だった」


は多少クレアに感謝していた。
イザークと喋るきっかけを作ってくれたのは他ならぬ彼女だから。

それと同時に、は胸が痛くなる。
がどれだけ頑張ったとしても、それだけで『許婚』という壁が壊れる訳がない。
壊そうとも思わない。

二人はいつか結婚して幸せな家庭を築く事だろう。

そう思うとやっぱり胸が締め付けられる思いだったけれど、にとってはこれで充分だった。


クレアだって、イザークだって愛し合ってるのだから、が割り込めるような間なんてない。

只、近くに居れるのなら、それだけで充分だ。
それ以上の事なんて望まない。






















「じゃあ、この後も訓練頑張ってね」

「ああ」


は一旦訓練を終え、休んでいた。

するとどこからか二人の男女の声。
昨日と同じようなシチュエーション。

はまさかとは思ったが、少し聞き耳を立ててみた。


するとやはり一方はクレア。
もう一方はイザーク。

そして二人はキスをする。

それは昨日のような軽いものではなく、深くて激しいキスだった。
何度も角度を変えて舌を割り込ませ、クレアは甘い声を出す。


「・・・・!!」


はぐっと声を押し殺して、さっとこの場を走り去った。

今は近くに居れるだけで充分だって思ったのに。
それなのに、涙が溢れてくる。

目じりに溜まった涙は頬を伝って流れた。
それを手の甲で拭いながらも、行く宛てもなく走った。


さっきので更に現実を突きつけられた気がした。
あのキスは恋人同士がするキス。

その現実は今のにとっては何よりも辛いものだ。



何も二回も好きな人のキスを見せつけなくても良いじゃない。

は自分の不運と神を呪った。
神様はよっぽどあたしに諦めてほしいんだなぁと場違いな事も思った。




「・・・さん?」



心に響く穏やかな声。
いきなり名前を呼ばれたは走っている足を止めた。


「・・・ニコルさん・・・」

「ど、どうしたんですか!?泣いて・・・」

「あ・・・」


は泣いているのを見られた事の恥ずかしさで急に顔が赤くなった。
そして急いでその涙を拭った。可笑しいな、さっきも拭った筈なのに。

若草色の髪をした少年は心配そうにの顔を覗き込む。


「べ、別に何でもないですから・・・」

「・・・そうですか」

「・・・・・・」

「・・・でも」

「え?」

「あなたは何時も悲しそうなお顔ばかりじゃないですか・・・?」

「・・・え・・・」

「昨日も今日も、ずっと泣きそうなお顔ばかりで・・・すごく心配だったんですが」

「それは・・・」


の頬にまた涙が伝った。

それが引き金となり、次々に涙が溢れ出てくる。


「うっ・・・・う・・・ふぇっ・・・」

さん・・!?」

「う・・・、・・・・ニコルさ・・ん・・・あた・・し・・・」

「・・・今は・・何も言わなくて大丈夫ですから・・」

「あ・・・たし・・・・」


ニコルはの体をそっと自分に寄せてそう言った。
酷く落ち着いた声で、の痛みを共感したように。


「・・好きになってはいけない人を・・・好きになって・・・」

「・・・それは・・・」

「その人には婚約者が・・・居る・・のに・・・・」

「・・・・・・」

「馬鹿・・・なんです、あたし・・・こんなにも傷ついてるのに・・・それでも・・・」

さん・・・もう、何も言わなくて良いですから・・・」

「それでもイザークさんの事・・・諦めきれないで・・・だから・・・」










『イザーク』





その名前が出た途端、ニコルの顔色が急激に変化した。

ニコルの顔もまるでが彼に乗り移ったかのように暗くなる。
もしくはそれ以上。

そしてニコルの口がゆっくりと開かれた。



「・・・さん」

「・・・・・?」

「・・・僕なら」

「え・・・?」




「僕なら、イザークと違ってさんを悲しませたりするような事はしませんよ・・・?」


























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あとがき(言い訳)

真っ黒ニコル!ビバ★真っ黒ニコル!!
もうあかん!イザークはそんな大胆なお人でしたっけとか・・・。
むしろ人目につくような所でするのは拒む方だと思うのですが こうなっちまいました。汗。
ニコルがやっと動いてくれました・・・。別に白い彼も大好きなのですが
もう少しで終われそうです。。。


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