あたしが彼等の部屋へ行っても知らんぷりでシャニが寝てしまっているのは何時もの事だ。
初めのうちはそれなりに悲しかったけれど、今はそうでもない。
シャニは常時と言って良いほどよく寝ているから、あたしもそっとしている。
それが、何時もの光景だから。

只、シャニは時々布団も被らずに寝てしまう事がある。
そんなの風邪をひいてしまうじゃないか、とあたしはそれを見たら何時も彼に布団を掛ける。
シャニはそれに気付いているのかいないのか分からないけれど、あたしは別に良いと思う。

























          し い
























って・・・馬鹿?」


それがあたしに向けて発せられた、本日最初のシャニの言葉。
それの真意は別にあたしに対して心配するでもなく、同情でもない。
馬鹿、と本気でそう思っているに違いない。
あたしはそれに対して反論する元気も無いので、無言でシャニを見上げる。


「・・・って聞くまでもないよね。って馬鹿」

「シャニ、それ言い過ぎだろ」

「そうだよ、確かには馬鹿だけどそれはシャニの言える事じゃない」


ピピピ、という機械的な音が鳴って体温計を取り出してみれば、38.0℃というデジタル表示。
あたしはそれを見て少しだけ溜め息を漏らす。

そう、あたしは風邪をひいてしまったのだ。

理由は簡単。
布団を掛けずに寝てしまったシャニを発見して何時ものように彼に布団を掛けた。
その後部屋で仕事の残りをしていたら睡魔に襲われて、あたし自身が布団を掛けずに寝てしまったという。
ああ、何ていう馬鹿さ加減。
多少毒づきながらもオルガとクロトはあたしの味方をしてくれている。
でも、あたしはシャニに馬鹿にされても別に反論出来ないと思うんだな。
だってあたしが悪いんだし。


「良い、よ・・・別に。あたしが悪いんだし・・・」

「いや、がシャニを甘やかしすぎなんだよ。こいつだって何時も人に布団掛けてもらってる癖にさ」

「別に俺そんな事頼んでないし」

「シャニ!!」

「良いって・・・シャニの言うとおりなんだから」


それよりもあたしの部屋で大声を出すのを止めて欲しい。
言おうと思ったけれど、止めた。
まぁクロトだってこれでも一応あたしの事考えてくれてるからだろうと思ったから。
この程度の騒音ならまだ我慢出来なくもない。


「おい、クロト静かにしろよ。は一応病人なんだぞ」


まるであたしとオルガが以心伝心してるように、彼はあたしの考えてる事を代弁してくれた。
一応ってのが気に障るけれど、オルガのちょっとした優しさにあたしは感動を覚える。
ああ、あんたって子は紳士・・・!!
将来きっと良いお嫁さんが見つかるよ!
そう感動の意を伝えたいけれど、頭が痛くて体がだるくて思うように口が開かない。
まぁ良いさ、明日にでも言えば。
自慢じゃないけど、あたしは風邪を長引かせた事が無いのだ。


「ああ、ごめん。熱大丈夫?」

「だいじょーぶ・・・。明日になれば治ってると思う・・・よ」


クロトの冷たい手がぴたっとあたしの熱を帯びた額に触れて気持ち良い。

って言うか、治らなきゃ困る。
だって昨日の仕事は途中で寝ちゃったから出来てないし、おまけに今日は何だ。
熱なんか出しちゃって、明日が来るのが凄まじく恐ろしい。
正確に言えば、仕事の量が恐ろしい。


「つーか俺、別に布団被らなくても風邪ひかないんだけど」

「お前とを一緒にすんな、バーカ!!は繊細に出来てるかもしんないだろ」

「俺にはコイツが繊細に出来てるようにはとても見えないけどな」


・・・こ、こいつら・・・!!

あたしが黙ってるのを良い事に、好き放題言ってくれちゃって。
クロトは良いんだけどさ、何さオルガの今の発言。
あんたに感動を覚えたあたしが馬鹿みたいじゃないか。


、大丈夫か?」

「うん・・・ちょっと、一人になりたいかな・・・なんて」

「分かった。何かあったら言えよ」

「うん、有難う」


オルガが他の二人を連れてあたしの部屋を後にする。
ああ、やっぱりこういう時に頼れるのはリーダー格のオルガだな。普段はへたれだけど。
うん、やっぱりオルガには感謝だ。


三人が居なくなったあたしの部屋には、静けさだけが漂う。
頭痛のお陰であたしはこれを望んでいた訳だけど、やっぱり静かだと落ち着かない。
何だかんだ言ってあたしには彼等三人が必要なのかもしれない。
そんな事を考えていると、徐々に瞼が重たくなってくる。
部屋の電気を消して、それから少しの間だけあたしは眠りについた。


























慣れてる、とか気にしないなんて嘘。

本当は心配して欲しかった。
だって、シャニは他の二人と違うから。
オルガもクロトも大好きで大切なんだけと、シャニだけは違う。
それがシャニらしさと言えばそうなんだけど、やっぱりあたしは心配して欲しい。
あたしがシャニに抱いているこの感情は恋、だって事に気付いたのは最近ではない。

しんどい時には、愛しい人が側に居て欲しい。
しんどい時には、愛しい人に優しい言葉をかけてもらいたい。
しんどい時には、愛しい人に優しくしてもらいたい。

そう思うあたしって、我侭かなぁ。
高望みって言うんだっけ?
もう少し貪欲にならなくちゃいけないのかもしれない。


























ぴたりと、額に冷たい感覚を覚える。
それに驚いてがばっとベッドから体を起こすと、頭にずきりとした痛みが走る。
反射的に頭に手を添えながら、あの冷たい感覚は何だろうと辺りを見回す。
灯りと言える灯りはベッドの側に置いてある小さな電気とキッチンだけで、部屋全体は薄暗かった。



「・・・シャニ?」



キッチンからの逆光で良く見えなかったけれど、ベッドの側の椅子にはシャニが座っていた。
でも、他の二人の姿は見当たらない。
どうしたんだろう。何時もは大体一緒に居るのに。


「あれ・・・他の二人は?」

「知らない。心配だから、見に来ただけ」

「えっ!?」


い、今信じられない言葉を聞きました、おかあさん!
心配?心配ってあれか?あたしに気を遣ってくれてるのか?
え、シャニが?夢でも見てるのかしら?
え、なんで、どうして?


「え・・・心配、してくれてた・・の?」

「うん。一応」

「だ、だってさっき全然心配なんかしてなかったじゃん!寧ろ馬鹿にしてたし!」

「別に・・・あの時は本気でそう思ってたし」

「・・・訳分かんないよ」


シャニの考えてる事は良く分からなかったけれど、でも心配してくれてるのは確かだろう。
初めてではないけど、こんな風に心配してくれるシャニなんて滅多に見られないから、顔が赤くなっていく。
それを見られたくなくて、毛布を頭から被った。


「そう言えば、熱は?」

「あ・・・」


自分の額に手を添えてみる。
さっきまではあんなに熱かったのに、今は熱を帯びていない。
それどころか、寧ろ冷たい。


「・・・もう下がってる、ね。あたし熱を長引かせた事無いから」

「やっぱり心配するほどでもなかったね」

「や、でも正直吃驚したって言うより・・・嬉しかった、よ。シャニがその・・・心配してくれて」


シャニはあたしのその言葉のまどろっこしさに少しだけ眉間に皺を寄せたけど、ふっとまた元の表情に戻る。
そう、じゃあ良かったと言って椅子から立ち上がって、キッチンの方へ向かう。
何をするんだろうと思えば、沸かしてあったコーヒーをあたしとシャニの二人分を淹れていた。


って砂糖いる?」

「あ、うん。えっと・・・それ、何時から淹れてたの?」

が寝てる時から」


確かあたしの部屋にあるコーヒーメーカーは古いから、淹れ終わるまで結構時間が掛かる。
と言う事は、それほど前からシャニはあたしの側に居てくれてたって事?
あたしは一体どれくらい寝ていたの?


「・・・はい、熱いから気を付けて」

「今日のシャニ、なんか何時もより優しい・・・」

「だって、一応病人じゃん。・・・あ、病み上がりか」

「だから、一応って何」


そう言いながらも、嬉しさと恥ずかしさは隠せない。
渡されたマグカップを手にとって、ふー、ふー、と中のコーヒーを冷ます。
ずずーと音を立てながら飲むと、もっと上品に飲みなよと注意された。
ごもっともな意見だけれど、上品云々をシャニや他の二人に言われるのはちょっと癇に障る。
だから反抗の意を持って、もっと大きく音を立てて飲んでみる。


ってもうちょっと上品に飲めないの?」

「の、飲めるよ!いや、今のはわざとだからね!」

「わざと音を立てて飲む理由が分からない」


ふう、と溜め息一つ吐いてからシャニもコーヒーを口に含む。
それが予想外に熱かったのか、一瞬怯んでから再びコーヒーを口に含んでいた。
それでも飲む時は音なんか全くと言って良いほど立っていないから、シャニはあたしより上品かもしれない。



「・・・なんで来てくれたの?」



少しトーンの下がった声でそう言うと、シャニは少し苦い顔をした。
だからあたしはもう一度、いや、別に悪い意味じゃなくてね、と付け足す。


「突然心配して・・・とか、シャニらしいけど、シャニらしくない・・・から」

「言ってる事、矛盾し過ぎ」

「えーと、だから・・・うーん・・・」


言葉が上手く出てこなかった。
まぁあたしは学生の頃国語の成績は最悪と言って良いほどだったから、今に始まった訳ではないんだけれど。
なかなか言葉が出てこないので、それを見兼ねたシャニが口を開けた。


「・・・まぁ、何となく言いたい事は分かるから」


そう言ったシャニの顔は笑っているのかそうでないのか良く分からなかった。


「・・・あたし、ね」

「・・・なに?」

「・・・・・」


今にも溢れ出しそうな涙をぐっと堪えて俯いた。
その間あたし達はお互い一言も喋らなかったから、部屋には沈黙だけが流れ続けた。




「シャニに・・・心配、して欲しかった」




ぼそりと、独り言のように呟いた。
それはまるで普段のあたしからは考えられないような声の音量だった。
でも、今のこの部屋にだったらそんな声でも充分に響き渡るだろう。


「・・・なんで?」

「なんでって、そりゃぁ・・・」


そこは聞き返す所じゃないと思うんだけどな。
まぁシャニに言っても無意味だろうから敢えて言わないでおいた。




「あたし・・・シャニが、好きなんだよ・・・」




闇に溶け込んでしまいそうな声色でそれを言い終えた時、あたしの顔はいくらか熱を帯びていた。
果たしてこの熱は風邪なのかそうでないのか、分からなかったけれど。
薄暗い部屋の中なので、相手に顔が見られないのが唯一の救いだった。



「・・・そうなの?」

「そうだよ。・・・シャニは、気付いてなかったかもしれないけどね」

「嘘だよ、気付いてた。が俺の事好きだって事くらい」

「何それ・・・違ってたら只の自意識過剰じゃん」



でも違わないでしょ、と言われたのであたしは何も言えなくなった。
だから、まぁそういう事、と言って残りのコーヒーを一気に喉へ流し込む。
まだ冷め切ってなかったそれはあたしの体に再び熱を取り戻させてくれた。


「だからね、あたし今日のシャニを見てて少し悲しかったんだよ。まぁ、ウザいって思われるかもしれないけどね」

「・・・別に俺、をウザいなんて思った事無いよ」

「嘘。だって、シャニ何時もあたしの事何とも思ってなさそうで・・・」


だから、あたしはあんなにも苦しかったのに。
所詮、あたしはシャニに何とも思われてないのかと思っていたのに。


「俺は・・・そういう表現の仕方とか良く分かんないから、これからもを悲しませるかもしれない」

「・・・うん」

「でも、それでも俺はの事好きだから。それだけは忘れないで」

「・・・有難う」


熱を帯びてきた顔は熱のせいだという事にして、あたし達は笑った。
視線をずらすと、シャニと目が合う。
髪の毛で隠れていない方の左目がすごく優しい色をしていて、あたしは安心してまた眠りについた。


































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あとがき(言い訳)

えーと、結局は仲良しこよしな訳ですね!
この人たちは思春期の男女みたい、な。
それでいてシャニさんは愛情表現とかが苦手で、つい思ってもない事言ってしまいそうだと良い