First Kiss



















何時ものように彼等三人の部屋へ行くと、そこにはオルガの姿は無かった。
こう見えてもあたしはオルガに用があったから行ったのに、居ないんじゃ意味が無いじゃないか。
右手に持っているオルガに貸す予定の本が少し寂しそうだ。
他の二人に至っては、相変わらず趣味に没頭している。何時も何時も同じ事ばっかりしてて飽きないのかしら。
しかもシャニなんか爆睡しすぎてアイマスク少しずれちゃってるよ。外してやろうか。


「ねぇ、オルガはー?」

「オルガ?あいつならさっきどっか行った。丁度良い、本が読める場所発見したらしいよ」

「ふーん」


なんだよ、結局オルガは本なのか。

あたしの質問にクロトが面倒くさそうに答えた。気は勿論彼のゲームに行ってるため、その声は何処か頼りない。
まぁそれでも、寝てるだけで返事もしないシャニと比べたら良い方なんだと思うけど。

オルガが此処に居ないとなれば捜すしかない。
でも、今この部屋に来たばかりのあたしがオルガの行く場所を知る筈がない。
つーか、此処は宇宙でしょ。宇宙の中で丁度良い場所って一体何処よ。大気圏内じゃないんだからさ。
艦の中にそんな場所あったっけ?本のためにそんな事までする奴の気が知れないわ。


「オルガが何処行ったか知ってる?」

「知らないよ。僕が知ってる訳ないじゃん。・・・あー!!が話しかけてきたから負けただろ!」

「ちょっと、それをあたしのせいにするのは間違ってるって、クロト」


クロトは未だに手に持っているゲームと睨めっこしながら、それの失敗をあたしのせいにまでする。
その画面には大きくGAME OVERの文字。
な、何て奴だ。鬱陶しいなら返事しなければ良いのにさ。頭来ちゃう。

あたしは、迷惑だろうけどオルガが帰ってくるまで三人の部屋で待っとこうかなぁとも思った。
たかが艦内と言えど、ドミニオンは広い。途轍もなく広い。
そんな中でたった一人の人間を捜すのは一体どれくらいの時間が掛かるのか、想像しただけで恐ろしい。
おまけにすれ違いなんかしたら最悪だ、本気で。
居場所が分かってるなら別だろうけど。


「・・・、今オルガが帰ってくるまで待とうかなとか思ってただろ」


負けた事によってやる気を失くしたクロトが、ベッドに倒れ込みながら言った。
さっきまで握られていたゲームは無残にも床に落ちている。
物は大切にしなければいけないじゃないか。


「・・・あ、ば、ばれた?いやぁ、クロトって超能力あったんだね!」

「あるわけないだろバーカ!の顔見てたら今何考えてるかくらい分かるよ、単純なんだからさ」

「ク、クロトにだけは単純って言われたくない!訂正しろ、このゲーオタめ!!」

「な、なんだと!?」


あたしとクロトが取っ組み合い紛いの喧嘩をし出すと、いくらシャニでも目が覚める。
無言でむくっとゆっくり身体を起こしたシャニは、あたし達の方を少しだけ不思議そうに見つめる。
見つめてるだけならあたしを助けてくれたって良いじゃないか。あたしは仮にも女の子よ。
か弱い女の子と年頃の男の子が取っ組み合いなんかしたら、あたしが負けるに決まってるじゃないか。



「・・・オルガなら、談話室行くって言ってた」



シャニが独り言のように言った。
そしてその独り言を、あたしは聞き逃さなかった。


「そ、それ本当!?シャニ!ってか何で知ってんの?」

「なんか・・・談話室は冷暖房効いてて良いし、とか前言ってたから」

「談話室ね!有難う、シャニ!クロトとは大違い!!」

「なんだよ!知らないものは仕方ないだろ!」


ひらひらと自分的に可愛らしく手を振って三人の部屋を後にした。
ちらっと見えたクロトの顔は少しだけ不貞腐れていた。
クロトはああ見えても怒り出すと面倒くさい。後で食堂でクッキーでも貰って来てやろう。あたしって優しい!




























「えーと、談話室談話室・・・あ、あった」


談話室なんて普段行った事も無いし行く必要も無かったから、中に入るのはこれが初めてである。
それ以前に場所さえ知らなかったから、バジルール艦長に聞いたりして大変だった。
バジルール艦長は女のあたしから見てもすごく美人だし、憧れの存在だ。喋るのは少なからず緊張した。
ああ、あたしも将来はあんな素敵な女の人になりたいなと思った。


プシーと音を立てて開いたドアを潜ると、そこは暑くもなく寒くもないとても快適な場所だった。
確かに、読書するのには良い場所かもしれない。あたしも今度から此処でしよう。
少しだけ辺りを見回すと、長椅子の上で仰向けに寝転がっているオルガの姿を発見した。



「オルガー。もー、捜したんだか・・・ら?」



オルガの傍にまで来ると、彼の一定のリズムを保った寝息が聞こえた。
ご丁寧に顔は、起きてる時に読んでいたと思われる本を被せて隠されていた。
好奇心が抑えられなくてオルガの顔を隠している本を退けてみる。

不覚にも、胸が高鳴るのが自分でも分かった。

本当、こいつは黙ってるとかっこいい。
段々と大きくなっていく心臓の音がオルガにまで聞こえてしまいそうで少し焦った。
整った顔立ちを間近で見るなんて今までした事も無かったから、気が付かなかった。
あたしの顔が次第に熱を帯びてきている。
無意識にそっと、あたしの手がオルガの顔に伸びていった。


「ぎゃあっ!?」


女らしいとは無縁の悲鳴をあげて、あたしは心底吃驚した。そう、それは心臓が飛び出ても可笑しくないほどに。
オルガに触れようとしたあたしの手は、目の前で眠っている筈の本人の手によって押さえられていたからである。
まさか起きてるだなんて、想像もしなかったから。



「・・・てめぇ、何してんだよ」



ぎろり、と少しだけ睨まれる。それは正に蛇に睨まれた蛙のような図。
い、一体何時から起きていたんだ、こいつ。ま、まさか狸寝入りか?
だったらあたしがした事全部見られてるじゃないか。
・・・恥ずかしい。でも、手は押さえられている。逃げられない。それでも、何故か視線は離せない。


「べ、別に疚しい事は何も!つーか、何時から起きてたのよあんた!?」

「今だ。目ぇ開けたらいきなりお前の手があって心臓に悪かった」

「あ、そ。そりゃあ悪うございましたね!」

「まったくだ」


ぱっと、さっきまで掴まれていた手が離される。
それの衝動で身体が少しぐらついたけど、無重力を利用してさっと体制を立て直す。


「・・・で、こんな所まで来て何の用なんだ」

「ああ、そうだったね。えっと・・・これ」

「あ?」


あたしは手に持っていた本を差し出した。
オルガは一瞬だけ不思議そうにそれを見つめ、再び視線をあたしに戻す。
当然だ。だってこの本は、別に貸してくれとも何とも言われてないのだから。



「・・・俺、こんな本貸してくれなんて言ったか?」



あたしは、オルガのその言葉を待ってましたと言わんばかりに活気良く答えた。


「ふふふ、この優しい様がオルガが読みたがってるだろうと察して持ってきてあげたのですよ!」


前、オルガがいきなりあたしの部屋に入ってきた。仮にも乙女の部屋にノックも声もかけずに、だ。
でもそれは別に疚しい事でも何でもなく、ただ彼はあたしに本を借りに来たのだ。
だからあたしはそれに関して特に気にする事もなく、ベッドの上で本を読んでいた。

後ろを振り返らなくても分かる。オルガの動きが止まった事。

オルガはただ一点だけを見つめていた。その一点が、この本だ。
でもオルガは何となくこの本を貸してと言うのが恥ずかしかったのか、結局別の本を数冊借りていっただけだった。
気付いてないフリをしていたけれど、あたしはしっかりと分かっていた。オルガがこの本を読みたいだろうって事を。
だから優しいあたしは何も言わずに持ってきてあげたのである。


「分かるよ、貸してって言いにくかった事くらい。だってこの本のタイトル・・・『あなたの運命の人』だもんね!」

「ばっ・・・馬っ鹿じゃねーのか!?何で俺がそんな本読むんだよ!べ、別にいらねーよ!!」

「だーかーらー、恥ずかしがらなくて良いんだよ?勿論クロトとかには黙ってるし」

「お前本当馬鹿だな!俺はそんな趣味してねぇって言ってるだろ!!」


オルガが本気で怒鳴ってくるから少し吃驚した。
なんだよ、人が折角親切でしてやってるだけなのに怒鳴るだなんて心外だ、ちくしょう。
大体どうして怒鳴ってくるのか。
それに馬鹿を何回も言わなくたって良いじゃないか。


「ちょ・・・やだ、怒んないでよー」

「・・・怒ってねーよ」

「怒ってるよ」


今のオルガが怒ってないと言うのなら、きっとあたしの人生は一生怒る事はないだろう。意味不明。
とにかくオルガは色々と間違ってる。今のを怒ってないと言うあたりが特に。
百人が百人みんな答えるよ。それは怒ってるって。
怒ってないと言い張るのはきっとオルガだけだよ。


「・・・大体、なんでそんな本なんだよ。興味ねーよ」

「え、だって前あたしの部屋に来た時この本をじっと見てたじゃん」

「ああ、あれか」

「あ、やっぱり?読みたいの?」

「ちげーよ」


埒が明かない。話が進みません。
だから自称大秀才様は自分から折れてあげました。


「なんか前クロトが言ってたんだよな・・・。日本って国の女は占いとか運命とかいう言葉に弱い、とか」

「ふーん。クロトも変な事知ってるんだねー」

「だな。何時も必要な事に知識使ってねーくせに」

「オルガ、それは言い過ぎ」


そこまで言ってしまえばクロトが可哀想だ。

少しだけそう思った。


運命、か。
あたしの母国は日本じゃないから所詮そんな気持ちは分からないけど。
だけど、興味が無いと言えばそれは嘘なのかもしれない。


「あ、でもさ、昔引っ越した異性と異国の地で会ったりとかしたら、あたしは運命感じちゃうかも」


オルガが、へー、お前でもそんな事思う心があったんだな、と言ったのであたしは少しムッとする。
あたしだってこれでも乙女なのです。まぁ、環境が環境だからそんな事言ってられないだけであってさ。
やっぱり人間ってそういうのに一度は憧れたりするものだと思う。
そうくどくど説明してやった。


「オルガだってさー、小さい頃好きな子くらい居たでしょ?」

「まあな」

「今もしその子に会ったら、何だかこう、ビビッと来るものがあるじゃん?」

「ねーよ。つーか、こんな所で会う筈が無い」

「だからー、そういう事は置いといて!」


はっきり言って今のオルガは半分聞き流してると思う。
だってほら、視線が窓の外の宇宙へ注がれてしまっている。
興味とか、そういうのが無いんだろうな、きっと。あったら吃驚だ。
だけど真剣に話してるあたしの前でそういう態度とられると、腹が立つ。



「〜〜、いい加減、こっちを向けっっ!!」



自分の両手をオルガの両頬に当て、無理矢理ぐいっとこっちに向けさせた。
案の定オルガは、何なんだよお前は本当に!!とか言ってきたけど、今のはオルガが悪いんだとぴしゃりと言い返した。
乙女の前でそういう態度をとるのは非常に失礼だと思うのね、うん。


「ほらー、あたし達だって今はこんな艦の中で過ごしてる訳だけど、やっぱり憧れって持ってたりするよね」

「そうかぁ?」

「そうなの!!だからあたしは、将来は運命の人と結婚したいなーとか思っちゃったりする訳なのね」

「下らねー。つーかに結婚相手なんか見つかんのかよ」


今のオルガの失言に、あたしはオルガの頭を軽く殴った。
な、なんて失礼な奴なんだこいつは。
仮にも女の子に対して、結婚出来んのか?だなんて・・・!!


「オルガって本っ当失礼!してみせるよ!結婚式には絶対オルガ呼んでやるからね!!」

「別に呼ばなくて良いっつーの」

「キィー!!む、ムカつく奴だ!!」

「・・・お前って本気で馬鹿だな。気付けよ」

「は!?何言ってんのか意味分かんな・・・」


突然、呼吸が出来なくなった。
と言うか、口を塞がれた。オルガの唇で。
それを直ぐには理解出来なくて、気が付いたらあたしの口を割ってオルガの舌が入ってきて。
オルガの舌が、あたしの口内を犯していく。


「・・・やぁっ、は・・・・ん・・・!!」


呼吸が出来なくなって、酸素が足りなくなる。
更に角度を変えて深く滑り込ませてくるそれに、次第に快感を覚える。


オルガって、こんな奴だった?
好きでもない人にこんな事するような性格だったの?
なんで、あたしにこんな事するのか分からない。

自分でも自覚が無かったのに、あたしが泣いていると気付いたオルガはぱっと唇を離した。


「お、おい、何泣いてんだよ!?」

「だ、だって・・・」


そのまま、力なくぺたりとその場にへたり込んでしまう。
さっきの事で力が抜けたのかどうかは分からないけど。
それでも、涙は一向に溢れてきた。



「・・・オ、オルガって、こういうの・・・誰にでも出来るんだ、って・・・」



あたし、キスとかするの初めてだったんだから。

そう言ったら、オルガはあたしと同じように座り込んで、黙ってあたしの頭をぽんぽん、と二回軽く叩いた。
それからさっきあたしがオルガにしたように両手をあたしの両頬に当てて、ぐいっと向かせる。


「・・・俺が、誰にでも・・・どうでも良い奴にこんな事すると思うか?」

「・・・だ・・・って・・」

「お前だからしたんだよ」


そのあまりにも強いオルガの視線に、目を合わす事すら恥ずかしく感じた。
反射的に視線を足元に移しても、羞恥心は収まらない。
きっと今のあたしの顔は赤くなってるに違いない。



「・・・が、好きなんだよ」



今度は逆にオルガがあたしから目を逸らした。
それが意外だったと言うか、吃驚した。
あたしはそのオルガを、物凄く愛しく感じた。
















初めてのキスはレモンの味がするとか聞いた。
でもあたしにはそれが分からなかった。
口に広がったのは、オルガの味だったから。
あ、あたしは決して変態じゃありません。























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あとがき(言い訳)

なんとも言い難いです、が、オルガは攻め気味で、でもやっぱりへたれな所が良い。
総合的に受けでも美味しく頂くのですが
薬中トリオは皆受けであって攻めであります、意味不明☆