アスランは何時ものように笑顔であたしに笑ってくれた。
それは当然あたしにだけじゃなくてニコルやイザーク、ディアッカにもだけど。
アスランは何時だって優しい。
だからそんな所がイザークは気に喰わないんだと思う。年下の癖に、とか。
それでもイザークだってアスランの事が決して嫌いな訳じゃないだろう。
あんな優しい人の何処に嫌う要素があるのか、きっと頑張って探さなければ見つからない。
と言うか、多分あたしは絶対見つけられない。
「・・・?何してるの、こんな所で」
あたしがなんとなしに外の宇宙空間を眺めていると、後ろからアスランの声がした。
その声が堪らなく愛しくて、少しだけ胸が切なくなる。
同時に、あたしの顔も少しだけ歪む。
でもそれだけは気付かれちゃいけないだろうと、瞬時に元に戻した。
「別に、ただ外を見てるだけ。まぁ、何処も同じ風景だけどね」
あたしがそう答えると、アスランは何とも言えなさそうな表情で代わりに返事をした。
アスランは誰にだって優しい。だけど、口下手で人付き合いが上手いとは言えないという事もあたしは知ってる。
だからあたしはアスランに対してふわりと笑って返した。何時も彼がしてくれるように。
アスランは黙ってあたしの隣に腰を掛けて、一緒に宇宙を眺めていた。
G l i t t e r
アスランの様子がおかしくなったのは最近の事だ。
彼の行動に関しては何も変わっていないけれど、その表情は何処か痛々しい。
無理をしていると言うか、泣きたいのを必死に堪えているような。
アスランからは別に何も言って来ないから、当然あたし達の毎日に大した変化は起きない。
だから恐らくイザーク達は気付いてないと思う。
ニコル辺りなら気付いているかもしれないけれど、あたしは何も言わなかった。
アスランは人前で弱さを曝け出すような人ではない。
あたしはアスランの前では何度か泣いた事がある。
今日もイザークに怒られたとか、色々。
どれも下らないものばかりだったかもしれないけれど、逆にあたしはアスランの泣いてる姿なんて見た事が無い。
アスランだって人間なんだから泣く事だってあるだろうと思う。
だって、あたしはアスランは決して強い人間だとは思わないからだ。弱くもないだろうけど。
特に此処最近のアスランは今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出している。
それが凄く気に掛かるけれど、本人が何も言わないならあたしは黙ってるしかない。
「、今日は何も無かった?」
「え?何が?」
「何時もイザークに怒鳴られてるじゃないか」
「ああ、・・・うん、別に。今日はシミュレーションも上手くいったしね」
「そう。良かった」
アスランはまたやんわりとした笑みを零した。
その笑顔は前までのような落ち着いた感じを見せていなかった。
やっぱり、何処か痛々しい。
それが見ていられなくなったので、あたしは慌てて視線を宇宙に注いだ。
それからしばらく無言の空間が続いたけれど、それは別に気まずいものではなかった。
アスランの隣に居ると落ち着くという事実は、何ら変わっていなかったから。
「今日もイザークとチェスの勝負をして来たの?」
「ああ」
「勝った・・・よ、ね。これは聞かなくても良いか」
イザークはアスランに対して何かと闘争心を燃やしている。
何時も談話室でチェスの勝負をして、それからお決まりのようにイザークの馬鹿でかい声が艦内に響く。
それであたしはああ、今日もイザークは負けたんだなと理解する。
それが毎日のように続くので、勝敗等は聞かなくても分かるほどだ。
それでも幾度となくアスランに勝負を挑むイザークはある意味凄いと思う。
アスラン曰くイザークも強いらしいけれど、そんなイザークに何時も勝つアスランは何なのだと何時も思う。
「イザークも懲りずに毎日勝負挑んでるよねー」
「そうだな」
「喧嘩するほど仲が良いって言うのかな。イザークももうちょっと大人になれば良いのに」
冷静なアスランと激情し易いイザークはあまりにも対照的だ。
だからこそ絵になるのだと思う。
別に悪い意味ではないけれど、イザークは何かあると直ぐに怒鳴る。
それに対して冷めた反応をするアスランを見て更に激情する。
他人には静かにしたい時だってあるのだから、その辺をもう少し考慮してもらいたいものだ。
イザークはイザークだけれど、この場合アスランもアスランだと思う。
実はこの二人は何気に仲が良いんじゃないかと時々思う。
じゃあ、俺ちょっと用事があるから、と言ってアスランはあたしの前から姿を消した。
部屋でラクス様に送るハロでも作るのかな、と思ったけれど気にしない事にした。
だからアスランが今までに作ったハロは一体何個なんだろうと考えてみる。
けれどそんなのはあたしに関係の無い話であって、おまけに気が遠くなるものなのでそれも止めた。
一人でずっと此処に居てもただ寂しいだけなので、あたしも椅子から腰を上げる。
後ろの廊下を振り向けば今にも怒り出しそうなイザークの姿を発見したので、慌てて視線を元に戻す。
今会話なんかしたらどうせイザークの怒りの矛先が自分に来るだけだ。
イザークの姿が見えなくなった後、一人で談話室へ向かうと案の定そこにはもう誰も居なかった。
アスランがイザークとチェスをしていたと思われる机の上にも今は何も無い。
少しだけ空虚感に襲われて、その机をぼうっと眺める。
特に何もする予定が無いのに此処に来た理由はあたし自身よく分からない。
ただ心の中の空っぽな部分を埋めようとこの場に来たけれど、大して効果は無かった。
この部屋ってこんなにも静かだったっけ。
さっきまであんなに騒がしかったのに、どうして。
そう聞けば単に人が居ないから、と返事が来る簡単な質問を心の中で何度もした。
どうしてこんなにも静かな事かぐらいは理解出来る。
「静か・・・」
他に人の居ないこの部屋でそう呟くと、想像以上に耳に響いた。
遠くでエアコンの音が耳に届く。
本当に静かで、まるで何処に居るのか分からないような錯覚に陥る。
「あれ?、居たんですか」
振り向けばそこには、若草色の髪を揺らしてやんわりと笑う少年の姿があった。
それを視界に捕えてあたしは安著する。
「ニコル・・・」
「どうしたんですか?元気無いじゃないですか」
「いや・・・そんな事はないと思うんだけど・・・」
「誰が見たって今のは元気無いですよ」
「そう・・・かな?」
確かに言われてみればあたしは元気が無いのかもしれない。
ニコルの問いに対する声に生気が篭っていない感じがする。
言われるまで気が付かなかったけれど。
「ニコルは何しに来たの?」
「さっきアスランがハロを作っている所を一緒に見ていたんですが・・・途中でイザークが来まして」
「イザークが?」
「はい。何でも今日はもう一回勝負だ!とチェスの盤と駒を持ってきて・・・」
「ああ・・・ニコルもとんだ災難だったね」
そりゃあアスランと一緒になんて居られないな。
そう少しだけニコルに同情してみる。
なんだかアスランの部屋に乗り込んでくるイザークの顔が直ぐに想像出来てしまう。傑作だ。
「、コーヒーに砂糖はいりますか?」
「うん、たっぷりでお願いします」
「相変わらず甘党ですね。太りますよ」
「ほっといてください」
ニコルは可愛い顔して何気なく黒い。
それでもやっぱり彼のふわっと笑う顔が好きだから何時も許してしまうんだけど。
それは置いといて、近頃下腹が気になってきている。
これは本当、ニコルの言うとおり太っているのかもしれない。
やっぱり今日は頑張って無糖だ、と言おうと思ってニコルの方を向いたら既に三杯入れた後だった。遅かった。
仕方ないから明日から頑張ろう。
「あの、さ」
「なんですか?」
あたしがニコルにそう呟いてから一呼吸置いてマグカップの中のコーヒーを啜る。
喉に通したそれは甘かった。あたしの大好きな甘さだ。
いや、これがいけないんだ。この一口がいけないんだと思って慌てて口を離す。
そう思ったら気道に入って咽た。格好がつかない。と言うか、情けない。
呼吸を落ち着かせてから深呼吸をし、改めてニコルと向き合う。
「アスランって・・・最近、どうしたのかな」
そう言い終えると、予想外に空気は静かになった。
なんだ、あたしの質問が悪かったんだろうか。
はいでもいいえでも良いから返事をしてほしい。
とにかくこの静かな雰囲気を壊そうと、もう一度音を立ててコーヒーを啜る。
「・・・どうした、って?」
「ええと、なんか・・・元気が無いんだよね・・・うん」
そう言ったら今日のは人の事言えませんよと言われた。あ、言い返せない。
あたしが少し口篭ると、嘘ですよ、と言われた。
やっぱりニコルって腹黒い。
「なんか、今にも泣き出しそうな・・・そんな雰囲気醸し出してる」
猫舌なんだろうか、ふーふー、と必要以上にコーヒーを冷ましてからニコルはそれを喉に通した。
それから彼の口がゆっくりと開く。
「それって、もうすぐ二月十四日だからじゃないですか?」
まるでニコルのものとは思えないような、低い声で彼は答えた。
二月十四日。
あの、血のバレンタインの日。
そうだ、丁度去年のその日にあの忌々しい事件が起こったんだ。この戦争の最大の原因の。
あたしの両親はその時ユニウスセブンに身を置いていなかったから助かった。
けれど、その事件はあたしの大切な人のお母さんを殺した。
ユニウスセブンに居た、アスランのお母さんが。
「血の・・・バレンタイン・・・」
今まではバレンタイン一色に染まる街も、今年はそんな雰囲気には当然の如くならなかった。
各地では追悼慰霊式殿が行われて。・・・そこには、勿論アスランの婚約者のラクス様も居る。
「・・・ごめんニコル!あ、有難う!!」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、出口へ向かう。
ニコルがどうしたんですか?と言っていたけれど、それに返事をする時間は無かった。
無重力空間を利用して急いでアスランの部屋の前まで行く。
ブザーの存在なんて気にせず何度もドンドンと大きくドアを叩くと、少しだけ迷惑そうにアスランがドアを開ける。
そのアスランの姿を見て、あたしは少しだけ泣きそうになった。
「ご、ごめん・・・えっと・・・部屋、入って良い・・・?」
「え?あ、ああ・・・どうしたんだ?」
明らかに様子のおかしいあたしを見て、アスランが少し困った様子を見せたのは言うまでもない。
俯きながら彼の部屋へ入れてもらうと、作りかけのハロがゴロゴロ転がっていた。
ハロならあたしも以前一つだけもらった事がある。
けど、此処にあるハロはどうせ全部ラクス様にあげる予定なんだろう。
そう思ったら、少しだけ踏み潰してやりたい気分になった。
ニコルに指摘されるほどの体重なんだ。無理じゃないだろう。
「・・・あ、そう言えばイザーク居ないんだね」
「今さっき帰って行った所だよ。・・・何でそれを?」
「さっき談話室でニコルに会った。イザークが来て、その場に居られなくなったって」
「・・・ニコルには悪い事をしたな」
はぁ、とアスランが小さく溜め息を漏らす。
溜め息を吐くと幸せが逃げるのですよと言ったら、アスランは少し苦笑した。
それにしてもアスランに溜め息は付き物なのかもしれない。
イザークやディアッカみたいな個性的な同僚を持って、疲れない方が尋常じゃない。
ニコルは別に良いけれど。・・・腹黒いけど。あ、もしかしたらあたしもアスランの悩みの種なのかも。
何かとイザークと喧嘩してはアスランに愚痴ってるし。
そう思うと、何だか申し訳なくなってくる。
「、コーヒーはいる?」
「あ・・・」
危ない危ない、思わず弾みでいると答えそうになってしまった。
喉まで出かけたその言葉をぐっと飲み込んで、声を出す。
「・・・さっき談話室で飲んで来たから良いよ。・・・それより、ちょっと大事なお話があって来ました」
大事な話?と少し不思議そうにアスランが訊ねた。
そうです、少し大事な話なのですと言ってアスランと向かい合う形となる。
改めてまじまじとアスランの顔を見ると、彼の綺麗な緑の瞳に魅入ってしまう。
いやいや、このままじゃ話が進まないと顔をぺちんと叩いて、雰囲気的に正座をする。
「アスランの・・・元気が無い理由」
そう小さく呟くと、アスランは大きく目を見開いた。
あたしはそれを見ながら見なかったフリをする。
少しだけ、性格が悪くなったかなと思う瞬間。
「・・・俺、別に何時もどおりだけど?」
「ううん。アスラン、元気無いよ。みんなは気付いてないけど、あたしとニコルは気付いてた」
何処に向ければ良いのか分からない視線を、宙に泳がす。
きっとアスランも同じだと思う。
あたしは初めてアスランと一緒に居て気まずいと感じる。
「・・・もうすぐ、二月十四日だから・・・だよね」
あたしの言葉に、アスランは更に目を丸くする。
想像以上のアスランの動揺の仕様に、あたしは少しだけ焦る。
・・・それだけ、アスランの心に深く刻み込まれたという事。当然、だけれど。
「あたしとアスランが初めて会ってから、まだ一年も経ってないけど・・・」
「・・・・・」
「あたし、知ってるんだよ。アスランのお母さんの事・・・!」
そこまで言って、はっと口を押さえる。
死んだ母親の事を思い出させられて、良い気のする人間がこの世に居るものか。
少なくとも、あたしは違う。
あたしの言動は、寧ろアスランの傷を抉る形になってしまってるじゃないか。
「あ、え、っと・・・」
「、俺は・・・」
「ご、ごめん!!あ、あの、言い方が悪かった!あたしが言いたいのはね」
「?」
ごくんと、唾を飲み込む音が厭に響く。
行動には出さないけれど、大きく深呼吸をする。
「・・・あたしはね、アスランの気が休まる存在でありたい・・・の」
ぽつりと小さく呟いたその言葉はアスランに届いているのかいないのか。
出来たら、届いていて欲しいと思う。
アスランの顔を覗くと、少し困惑した表情が伺えた。
あたしの言葉が、聞こえたんだと思う。
「あたし・・・アスランが大切だから。大切な人だから、だからあたしはそんなアスランの気が休まる存在でありたい」
「・・・」
「ほら、今だってアスランは泣きそうな顔をしてる。あたしは、アスランを笑顔にさせたい」
「・・・・・」
「べ、別にお母さんの事を忘れろって言ってる訳じゃない。て言うか、そんなの無理だし・・・ね?」
「・・・ああ」
「アスランは、ずっとお母さんの事考えてて良い。でも、疲れて泣きそうになった時はあたしを頼りにして」
一呼吸置いて、あたしは言葉を続ける。
真剣にあたしの話を聞いてくれるアスランの存在が、凄く嬉しく思えた。
「・・・つらい事を、一人で抱え込まないで」
あたしが言い終えると、アスランは小さな笑みを零した。
とても悲しそうで、今にも泣き出しそうな笑みを。
それからアスランは、静かにあたしの肩に凭れ掛かった。
小さな部屋に響く小さな嗚咽を、あたしは黙って受け入れた。
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あとがき(言い訳)
なんだか、訳の分からない話になってしまったような気がしてならないんです、が・・・!
アスランは絶対人前で涙を流さない人だと聞いたんですが。。
人前で泣いたのはカガリが初めてだそうで。
きっとアスランが人前で涙を流すという事はその人の事が余程大事なのだと思います。
この人にだけは自分の弱さも曝け出せる、といった感じで。
ヒロインはアスランとそんな仲でありたいと思っているのです。
アスランに恋心を抱いてるようにも思えますがそれは違います(笑)愛しいのは友人として。
ちなみにこの話の時期はアスランのお母さんの一周忌あたりです。ニコルは健在。
なんかどうもシリアス風潮ばっかり書いてる気がします、偶には砂糖も入れてみます。
えーと、ちなみにこれはオフ友にひっそりと捧げさせてもらいます・・・!
いらなかったら是非返品して下さい(泣)