苦手な人
あたしが屯所で真選組として働き始めた頃から苦手意識を持っていた。
綺麗だとは思うけど、あの見るからに腹黒そうな顔とか、何時も副長の土方さんを見ては殺意の篭った視線を送ったりしてるとことか。
あたしはそんな総悟君を、結構苦手に分類出来る人物だと思っていた。
結構苦手に分類出来るどころじゃない。
とにかく苦手だったから、彼との接触はなるべく避けていた。
これは食べ物で言う『食わず嫌い』と似ている気がする。
総悟君は、あたしの苦手なタイプの人間だった。
只の真選組の一員であるあたしは、本来総悟君の事を『隊長』と呼ばなければならない立場だ。
だけど今まで喋った事も無いし、仕事の分担等の都合上直接接触する必要も無いのであたしは心の中で彼を総悟君と呼んでいる。
勿論これは誰にも秘密だ。誰にも喋った事が無いのだから。
あからさまに自身を避けているあたしを見て総悟君もきっとあたしに良い感情を抱いてないだろう。
うん、それで良い。
あたしはただの一員で、総悟君は隊長。接触は全く無し。これで良い。
良い感情を抱いてない人間にわざわざ関わろうとする人なんて居ないだろうし、これであたしは平和だ。
あたしはあたしの平和を守る為に関わらないようにしてるんだ。
総悟君に関わったらきっと良くない事が起きる。これは何て言うか、女の勘というやつだ。
「、悪いが此処にある書類全部山崎に届けてくれないか?」
「あ、お安い御用ですよ土方さん。山崎は何処に居ます?」
「ミントンしてなきゃ自分の仕事場に居るだろ。ま、頼んだぞ。俺ちょっと用事で出かけなきゃいけねーから」
「はい!」
土方さんは近くのコンビニで起きた強盗事件の後始末とかで出かけていった。
代わりに残された山崎に渡す書類は、結構な量の物だった。
この量はちょっといたいけな女の子一人じゃ運ぶの辛いでしょう。
そのくらい分かって下さい、土方さん。
それとも、此処から山崎の仕事場まで何往復もしろという事ですか。
遠まわしにダイエットしろとおっしゃってるんでしょうか。
まぁ元気に承諾してしまった以上、これはやらなくてはいけない事なんだろう。
ああ、どうしてあたしは何時も後先考えず物を言うんだろう。
手始めに積んである書類の山の内の一つの束を持ち上げてみると、腰にきた。
あ、あたしまだそんな年じゃない・・・・・・筈。
ぎぃっと土方さんの仕事場のドアを開けて廊下に出ると、肌にひんやりとした空気が感じられた。
そろそろ本格的に冬が始まるんだなぁと思って少し焦った。
「あ・・・っと、山崎の仕事場って・・・何処だったっけ?」
自分でも信じられなかった。
働いてから暫く経ってるというのに、まさか屯所内で迷うとは。
これは方向音痴どころの問題ではない気がする。
気分を紛らわす為に寺門通ちゃんの歌とか歌ってみるけど、余計にしーんとなった気がした。
畜生、こういう非常時に限って誰も通りやしない。
「おっ、ちゃんじゃねーか。どうしたんだこんな所で書類持って?」
「え?・・・あ、近藤さん」
人が通らないかなと思って待っていると、局長の近藤さんが偶々通りすがった。
近藤さん、何て良い人・・・!
「えっと、土方さんにこの書類を山崎に渡してくれって言われまして・・・山崎の仕事場何処だか忘れちゃって、迷ってたんです・・・」
「トシも人遣いが荒いよなぁ。なに、俺も運ぶの手伝ってやろうか?」
「い、いえそんな!大丈夫です!!その・・・山崎の仕事場を教えて下されば・・・」
「ああ、山崎の仕事場なら其処の角を曲がって真っ直ぐ行って・・・もう迷うなよ?」
「はい!あ、ありがとうございましたっ!!」
道まで教えてくれるなんて、近藤さんは何て優しくて良い人なんだ。
女性にモテなくても部下からはモテる人だな、きっと。
暫く廊下を歩いていると、仕事場らしきドアが見えた。
多分あれが山崎の仕事場だな。そう言えば何回か来た事がある気がする。
ドアを開けて寝てたりなんかしてたら殴ってやる。
そう思いながらドアを開けた。
「・・・・・・・あ」
「・・・なんか用ですかィ?」
「あ、いえ、すいません部屋間違えました。失礼します」
心臓が飛び出そうだった。
いくらあたしが方向音痴でも、山崎の仕事場と総悟君の仕事場を間違えるだなんて一生の不覚だ。
あーあ、本当に一生分の冷や汗を流した気さえする。
やっぱり総悟君は苦手だ。関わりなんて持ちたくなかったのに間違えるなんてとんだ失態だよ。
・・・あれ?
ちょっと可笑しくないか、うん。
だって慌てて部屋を出て名前を確認したら、この部屋確かに山崎の仕事場だよ?
間違いない。『山崎退』って書いてあるもん。
え、でも中に居たのは確かに総悟君だった。それは未だに肌に付いている冷や汗が物語っている。
可笑しいな。総悟君が部屋を間違えてるのかな。
だとしたら、入りづらい・・・!
何せ、一回慌てて部屋を出た身だ。
「・・・あ、あのー・・・」
「ああ、やっぱりさんでしたか」
「いや、あのですね、あたしはこの書類を山崎に届けにやって来た訳でして・・・で、この状況が理解し難いのですが」
「俺が此処に居る事ですかィ?」
「はあ、まあそうなんですけど・・・」
「山崎の奴ならついさっき俺の言う事も聞かずにミントンしに出かけやがってねェ。ムカついたから部屋荒らしてやろうと思ってたんですよ」
「あ、そうなんですか・・・」
じゃ、ないだろあたし!!
なに黙って総悟君がやっている行動に納得してるんだ。
彼がしている事は決して良い行動ではないだろう。
ミントンしてさぼってる山崎も山崎だけどさぁ・・・。
それにしても、爽やかな笑顔でさらっと黒い事を言ってしまうこの人は一体何者。
「じ、じゃああたしはこれで失礼しますね。部屋荒らし、その、が、頑張って下さい」
持っていた書類を机の上に置いて、如何にも不自然な態度のあたし。
早くこの状況から逃げたくてたまんねぇ!オーラが滲み出てると言われても反論出来ないな。
とにかく、一秒でも早くこの部屋を出たかった。
「ちょっと待ちなよさん。折角こんな場所で会ったんだし、もっとお喋りしましょうや」
「え、で、でもあたしまだ仕事が・・・」
「別に良いじゃないですか。どうせ土方さんは出かけてるんだろィ?」
「そ、そうですけど・・・」
彼の爽やかな笑顔の後ろにどす黒いものが見えた気がした。
この人絶対あたしで遊んでる。あたしが苦手意識を持ってるのを知ってるくせに。
冷や汗はさっきにも増してだらだらと流れていた。あたしの心の中で。
「さんって、やたら俺の事避けてますよねェ」
「えっ・・・」
いきなり核心をつかれてどきっとした。
いくら腹黒い人でも、こんな一直線に聞いてくるとは思わなかった。
こういう場合、どう答えたら良いんだろう。
正直にYES?それとも人の常識としてNO?
・・・YESって答えた場合、後が怖そうだ。
「そ、そんな事ありません、よ・・?総悟く・・・た、隊長の思い過ごしでは?」
「そうですかィ?でもさん今ちょっと焦ってるだろ?」
「そんな事ありませんってば・・・は、早く仕事に戻りたいんですが」
「仕事なんて俺がいくらでも手伝ってあげますから心配いりやせんよ。それよりどうなんですかィ?」
「な、なにが・・・」
「俺をどう思ってるんですか、と聞いてるんですぜ」
数回目のにこっと愛らしい笑顔で笑う彼に、あたしもつられてにこっと笑い返した。
そんな事くらいじゃこの状況を乗り切る事なんて出来ないと分かってるんだけど。
「素晴らしい上司だと、思っています」
「俺はさんの本心が聞きたいんだ」
「だから、素晴らしい上司だと・・・」
「俺はさんの本心が聞きたいんだ」
・・・駄目だ、これでは埒が明かない。
どうしよう。神様が本当に居るのなら、あたしを助けてください。
「・・・さんが今どう思ってるかは知りやせんけど、別に俺は何を言われたって貴女を取って食おうと思ってるわけじゃないですぜ?」
「で、でもそれでも言えないのが日本人の心というものですし・・・」
「へーぇ」
「あっ・・・!」
あたしが発した言葉の意味はつまり、『今言ってる事は本心ではない』と同義だった。
まるで玩具を与えてもらった子供のようににこにこしている総悟君を見て、背中にぞくっとするものがあった。
やっぱりこの人は危ない。
一秒でも早く此処を立ち去らなければ、悪寒で殺されそうになる。
「え・・・っと、その、お気を悪くされたのなら謝ります・・・!」
「別に気にしてませんよ?さんの本心が聞けたんですしねェ」
「あ、の・・・じゃあ、もう仕事に戻ってもよろしいでしょう、か・・・?」
「何を言ってるんだィ貴女は」
「だ、駄目ですか・・・?」
「駄目です」
またにこっと笑われて、なにも言えなくなった。
部屋には沈黙が流れて、さっきにも増して気まずい雰囲気が流れていて気が可笑しくなりそうだった。
どうしたらこの状況を乗り切れるだろう。
どうしたらまた元の平和な生活に戻れるだろう。
「さんは俺に苦手意識を持ってますよねェ」
「・・・あ・・・えっと、その・・・」
「俺、結構ショック受けてたんですぜ」
「ご、ごめんなさい・・・!」
『ショック受けてた』というのは嘘か本当か分からなかった。でもたぶん嘘だろう。
だけど一応上司だし、ここは謝るのが常識だと思った。
例え嘘でも、なんだか申し訳ない気がしたし。
「・・・一つ、俺がさんを許せる方法があります」
「あ、あたしに出来る事なら、なんでもさせて頂きます!」
「なんでも?本当かィ?」
「はい、私に出来る事なら・・・」
何故か此処で、総悟君がニヤリと笑った気がした。
「さんが、俺の女になるんですよ」
「・・・は?」
目の前で爽やかな笑顔を見せている総悟君を見ながら、頭の中は真っ白になった。
彼から発せられた言葉を理解するのに数秒掛かった。
「ひ、人は所有物じゃないですよ」
「訂正。さんが俺の彼女になれば良いんですよ」
「いや、あの、そういうのはやっぱり愛し合ってないと」
「少なくとも、俺はさんを愛してますぜ?」
「・・・・」
あたしは『愛してる』の意味が一体なんだったのか、一瞬だけ分からなくなった。
英語で言ったらラブ。これは好きな人にかける言葉。
好きな人に。
少なくとも、あたしは好きでもない男の人にこんな事を言ったりはしないだろう。
でも、総悟君は分からない。
他人の思ってる事なんて分からないもん。
「ほ、本気ってとっていいのでしょうか・・・?」
「俺は何時でも本気じゃないですかィ」
「だ、だってあたしは・・・!」
あんなに、総悟君の事を避けてたのに。
どこにあたしを好きになる要素が含まれてるのか、分からない。
だから、あたしはそれが本当じゃないんじゃないかと疑ってるんだよ。
「だから、俺結構ショック受けてた、って言いましたぜ?」
そうにこっと笑いながら言う総悟君を見て、背中に悪魔の羽が生えていても不自然じゃないな、と思った。
総悟君の言ってる事が本当なら、あたしは彼の気持ちに答える事が出来ない。
だって、あたしは彼が苦手なんだから。
苦手で苦手で、今まで接触を避けていて。
隊長だから、尊敬だけはしていた人。
ただ、それだけなのだから。
「あ、あたし・・・何だか慣れない事ばっかり、で・・・少し考えが回らないんです。お時間を頂いても、よろしいですか・・・?」
一日だろうが二日だろうが、あるいは一年経ってもあたしの答えは変わらないだろうと思う。
彼があたしの中で『苦手な人』だと分類されている内は、特に。
今まで勝手ながらも築き上げてきたイメージを、ただ山崎の部屋で偶然会った出来事だけで壊せると言い切れる自信が無い。
結局は、彼は苦手な人なんだから。
不意に、唇に暖かいものが触れた気がした。
なにが触れたんだろう。
・・・なんで、あたしの心臓はこんなにも高鳴っているんだろう。
キス?
なんで、どきどきしてるの?
「ま、返事は何時でも気が向いた時で良いですぜ」
そう言って部屋を出ようとした総悟君を、思わず止めた。
なんだろう、彼の後姿が酷く愛しく見えた。
「どうかしやしたか?」
「あの、あたし、まだ分からないんですけど・・・」
この、どきどきする気持ちは本物だと思う。
ああ、あたしはずっと前から総悟君の事が好きだったんだ。
「・・・隊長が、好きです」
次の瞬間、あたしと総悟君は恋人同士のキスをした。
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あとがき(言い訳)
沖田さんは大好きなのですけれども、実際に居たら少なからず苦手意識を持ってしまいそうだと思いまして・・・
はい、でもそれが愛情の反面だと思いたいです
ヒロインは『隊長』と『総悟君』を使い分けている凄腕です(笑)
ちなみに苦手だと感じていたのは、愛情の裏返しです 分かりにくいですね、はい!
沖田さんが何故部下であるヒロインに敬語っぽいのを使ってるのかと言いますと、それは彼の腹黒さです。