憶


















廃墟の隙間から覗く満月は夜の訪れを告げていた。
そろそろ帰らないと危ないなぁ、と思いながらもあたしは帰ろうとはしなかった。
例えずっと此処に居たとしてもあたしを咎める人は誰一人居ない。



「ねぇ、骸さんは何処から来たの?」



まるでゴミ捨て場にあるような捨てられたソファの寝心地は非常に悪かった。
少し体勢を変えただけでギジ、と悲鳴をあげてしまう。
汚れたそれの上には砂があちこちに散らばっている。
破れた布の間からは中に詰まっていた綿が漏れていた。
まさかこんなソファに座る経験をするなんて思ってもみなかった。


「イタリアですよ。先生から聞いてなかったんですか?」

「知ってるよ。あたしが聞きたいのはそういうのじゃ、なくて」

「じゃあ、どういう事ですか?」


得意のやんわりとした笑顔を向けられて、あたしの言葉は詰まる。
骸さんはずるい。
あたしがその笑顔に弱い事も知っている。
そしてそれであたしが何も言えなくなる事も。



「・・・知らないよ」



骸さんたち三人がイタリアからの帰国子女だって事くらい、知っている。
だって、担任がそう紹介したから。
別に、興味は無かったけれど。











骸さんや犬や千種のファンクラブなるものは彼等が来てすぐに出来た。


『六道君、すごい人気だね。ファンクラブまであるよ』


少し嫌味を混ぜながらそう話しかけた。
それが、初めての会話だった。


『おや、貴女は入らないのですか?』

『入らないよ、興味無いから』


ちょっと自意識過剰混じってるよ。
にっこりと笑いながら言われて、あたしは目を合わせられなくなった。
初対面の時から、この笑顔には勝てないと確信していた。

周りで女子が騒いでいても特に気にもしていない。
何時も何時も澄ました顔をしていて、あたしはそれが少しだけ気に入らなかったのかもしれない。








『・・・何してるの?』



そろそろ夕陽が沈みかけているという時に、忘れ物を取りに戻ってきたら彼が居た。
彼の周りの光景は、その夕陽に勝るほど紅い光景だった。



『・・・おや?見られてしまいましたか』



何時もと同じ笑顔だけれど、目が笑っていないそれを見て背中に青筋が走った。
彼の綺麗な顔には赤い液体が伝っている。
あたしは彼の足元に転がっているものを指差す。


『それ・・・三年の人だよね』

『ああ、そうでしたか。・・・でも、ハズレでしたね』


六道君の足元にあったのは、三年の先輩だった。
彼は不良で、この学校ではちょっとした有名人の。

この人は、只の帰国子女なんかじゃない。

次の日から、六道君の名はあっという間に学校中に広まった。















「千種や犬は、何処に行ってるの?」

「ちょっと人探しをしてもらってるんです」

「あ、そ」


骸さんの名を広めたあの事件を目の当たりにした時から、何故か親しくなった。
親しくなったと言うか、彼が異様に話しかけてくるような。
本当、なんでだろう。
そして、何故あたしは言われるがままに彼等のアジトへ招待されているのか。

あたしは、彼等の事なんてこれっぽっちも知らないのに。


「探してる人ってどんな人?」

「さあ。僕もよくは分からないんですけどね」

「・・・意味が分からない」


あたしがそう言うと、骸さんは小さく笑った。
何時だってそうだ、彼はあたしに肝心な部分を話さない。
前菜だけ与えておいて、デザートはお預けみたいな。
大体自分が探してる人物も知らないってどういう事だよ、意味不明。



暫くすると、千種と犬が帰ってきた。


「どうでしたか?」

「あーもうマジ弱いっす、ハズレハズレ」

「・・・時間の無駄。・・・来てるし」

「・・・そうですか」


それだけ言うと、犬は何処かへ、千種はシャワーを浴びに行った。
あたしには、彼等の会話の内容があまり理解出来なかった。


「え・・・なに、あの二人は人探しじゃなかったの?」

「ええ、人探しですよ」

「・・・会話的に、そんな雰囲気じゃなかったけど」


あたしがそう言い終わると、骸さんはすっと立ち上がってあたしの隣に座った。


破れた窓から満月の光が室内を照らし、暗がりに少しだけ明りを照らす。
そんな淡い光に照らされた骸さんの顔は相変わらず綺麗だった。
あたしは暗いのを良い事に、少しだけその横顔に見惚れた。







「ねぇ・・・骸さんは、何処から来たの?」







月は雲に隠れて、部屋の中は何処に何があるか分からないほど暗くなった。
近くの街灯から漏れる光が、少しだけ視界を明るくする。





「あたしは・・・骸さんの事を知りたい」



本当は転校してきたその日から、ずっと思っていた。
思っていたけれど、心の中に閉まっていた感情。




「イタリアから脱獄して来たんですよ」




部屋は暗くて、骸さんの表情は分からなかった。
暗くて良かった、だって、あたしの表情を見られたくなかったから。


「だつ・・・ごく?」

「僕やあの二人も元々マフィアでしてね」

「マフィア・・・?」


連続に、聞きなれない単語が耳に届く。



「看守や他の囚人を皆殺しにして、此処へ来たんですよ」


表情が分からない。
骸さんがどういう顔でこんな事を言っているのか分からない。

それが、なんだか怖いと思った。


「本当は、貴女には知られたくなかったのですけどね」


月が再び雲から出て、部屋に光を注ぐ。
骸さんは相変わらずやんわりとした笑顔だった。


「・・・どうして?」

「知ったら、が離れていくかもしれませんから」

「なんでそう思ったの?」

「さあ?どうしてでしょう」


質問してるのはあたしの方なんだけどな。
少し抵抗気味に睨んでみても、彼の前では無意味なようだった。




「・・・怖いと、思わないんですか?」




「・・・思わないよ」

「そうですか」

「思って欲しかったの?」

「まさか。その逆、ですよ」


そう言って骸さんはあたしの額に軽いキスを一つ落とした。
あたしはその唐突な行動に、一気に顔が赤くなるのが分かった。
思わず骸さんと距離をとってしまうあたしを見て、彼は穏やかに笑った。



には、ずっと僕の側に居て欲しいと本気で思ったんですよ」

「ねぇ、骸さん」

「なんですか?」



「・・・あたしも、骸さんたちの居る世界へ連れて行って?」



「・・・お安い御用です。好きですよ、



満月の照らす下で、あたしたちはもう一度キスをした。






























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あとがき(言い訳)

骸さん初書き。
ほんとうに世界の中心で愛を叫びたいほど好きです